守る犬(1)

犬は、人間に非常に忠実な生き物です。

それが大好きな飼い主に関わることなら、なおさらに・・・。

生きている動物を探すことの方が難しいほど、荒れ果てた20キロ圏内。

辺りには動物の死骸やミイラ化した骨が散らばり、さほど珍しい光景でもなくなりました。

どこかの飼い犬か飼いネコがしていたものと思われる小さな首輪を中山さんは事もなげに拾い上げます。

始めの頃は、「ネコの死体を見るのが辛い・・・」と胸を押さえていた中山さんが、今では死んだ犬やネコの亡骸から、首輪を外せるほどに逞しくなっていました。

それもこれも、頑張って生きたペットたちの最期を見届け、たった1つでも飼い主の元へ遺留品を届けてあげたい、ペットたちの魂を飼い主の元へ還してあげたい、という想いからです。

そんな中山さんの目が、ふとある家を捉えました。

「この家、おかしくない?」
中山さんが訝しみます。

「おかしいって?」
一緒に同行していた仲間が振り向きます。

「なんだろ・・・でも何か・・・」

中山さんが「おかしい・・・」というその家は、別段、普通で、特におかしな所はありません。
けれど・・・。

「そういえば・・・」と仲間の一人が、その家を見つめます。

確かに「何かがおかしい」のです。

守る犬(2)

他の家では、生き物がいる気配はおろか、牛や鶏、豚などの家畜はほとんど生存してはいません。

人間がいなくなり、お腹を空かせたペットたちは野生化し、小型犬やネコ、鶏などは、大きな犬や強い犬などの格好の「餌」になります。

実際、この家の付近でも、お腹を空かせて野生化し、今にも襲い掛かってきそうな大きな犬を中山さんたちは何頭も見てきました。

「襲われそう・・・」冗談ではない状況は笑えません。

それなのに、ここだけ無傷なのは、やはりおかしいのです。

家の前には中くらいの犬小屋が置いてありますが、その犬小屋の主はいません。

近づいてみると、犬用のステンレス製の食器には、食べかけのフードがまだ残っています。

家の周りでは、小さな犬やネコ、牛やブタや鶏が数匹ずつ、悠々とくつろいでいます。

そしてその動物たちが、おそらく「餌やりさん」が置き餌をしてくれたフードを仲良く分け合って食べているのです。

あり得ない・・・この20キロ圏内では、考えられない光景なのです!

守る犬(3)

裏に回り込んで、様子を窺っていた中山さんは、すぐにその原因を突き止めました。

「・・・いた!」

家の裏の小屋で、静かに身体を横たえる中型の白い犬。

生きてはいるようですが、あまり動こうとはしません。

長く白い毛は汚れ、所々黒ずんでいます。

首に大きな傷を見つけ、中山さんは慌てて、明るい外まで連れだします。

犬の体のあちこちには、無数の噛み傷がありました。

汚れだと思っていた黒ずみは、渇いた血の跡でした。

中山さんが見つけたときも、犬の身体の傷口からは、血がポタポタと滴り、ひどい怪我です。

さらにその犬の耳や尻尾は噛み切られたようにちぎれ、前脚も1本なくなっていました。

この付近では野生の猪などが頻繁に出るらしく、おそらく猪や他の犬から、自分の家と、家畜たちを守っていたものだと思われます。

白い犬は、怪我のせいで身体が衰弱し、覚悟の末、小屋の隅で最期のときを迎えようとしていたのではないでしょうか・・・。

病院に連れていくため車に乗せようとしても、なかなか家を離れたがらなかったそうです。

大好きな家族を待ちながら、家と家畜を守り通した優しい子。

元気になって、早く飼い主に会えることを祈ります・・・。

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